こころあそびの記

日常に小さな感動を

陸先生と「気」

 

 通勤時に、いくつかの並木道を通っていきます。

 ケヤキ、トウカエデ、ユリノキ、それからイチョウ

 それらが、深い緑色からほんのり色を変えつつあることに気づきました。

 暑かった夏が過ぎたことを、木々の色付きが教えてくれます。

 銀杏がたわわに実って、もうじき落ちてきそうです。今年は、拾う人になってみようかな?

 

 

 先週末、勉強会までTOOTH TOOTHで時間をつぶしました。

 ロイヤルミルクティーに付いてきたシュガーの印刷が、どこかで見た女の人。

 そう。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が原画です。

 小さな字で説明が書いてあります。

 「Girl with a Peace Earring

          Junjiro Hayashi 2012」

 フェルメールのパールのイヤリングをピースイヤリングに取り替えたとのこと。

 ティータイムに、ささやかな 驚きを提供してもらったことで思い出したことがあります。

 それまで、レンブラントの時代の暗い絵に関心が持てなかったのに、フェルメールがそこを打ち崩してくれたこと。あの感動作、「窓辺で手紙を読む女」が、鑑賞の間口を広げてくれたこと。

 たまたま入った喫茶店でしたのに、なんだか、うきうきした気分になれました。

 

 

 勉強会は、コロナ禍で三年半の中止を余儀なくされ、久しぶりの開催でした。

 三年半という時間が顔ぶれにどんな変化をもたらしたことかと心配もしましたが、集まった面々は以前とちっともお変わりありませんでした。

 陸先生がお元気だったことが、なににもまして嬉しいことでした。

 

 私が傾倒した「気」のお話しが少しの緩みもなく健在で、先生のお口から再び聴けたことで私の中で何かが蘇ったように感じました。

 そう。これこれ。そうだったな。

 しばらくさぼってはいましたが、中医学の真髄は、私の体に深く浸透して消えてはいなかったのです。トントンと叩いてもらったら、そうそうと頷ける、懐かしい言葉の数々でした。

 

 

 陸先生の教えは「人間は大自然の中の一員である」というところに始まります。

 そして、「気、血、水」のうち最も大切なものは「気」というのが陸先生の持論です。

 私は、この2つで十分すごい理論だと思っています。

 自然と共生することと、「気」を大切に生きる。

 先人は知っていたのに蔑ろにしてきた現代人が、今頃になって気づいた理論です。

 

 「気が血を運んでいる。血が巡れば気も運ばれる」と、中医学は考えます。

 つまり、気が少なければ、血の巡りは不良になります。

 さように、「気」は大切な要素ですが、西洋医学には、ない考えです。

 なぜなら、「気」は見えないからです。見えないものは、計測できない。それが西洋医学です。 

 計測した数値がすべての判断基準です。診察室でいただく数値が、どれほど患者にプレッシャーとなっていることでしょう。

 

 それは、「木を見て森を見ず」に少し似ています。

 一本一本の木で森ができていることは、確かです。

 しかし、森全体を見たとき、その森が壊れないのは、一本一本が助け合って暮らしているからです。

 地球だって、なんだかんだと人間が大騒ぎしていても、破壊されることなく私たちは住人でおられます。

 

 おおらかに、朗らかに暮らせば、「気」も伸びやかになるはずです。

 そうすれば、血や、水の巡りもよくなって、いうことなし!

 秋は肺が旺盛になる季節です。深呼吸して、天から採り入れた気を体全体にめぐらしましょう。