こころあそびの記

日常に小さな感動を

庚申の日

 

 めずらしいことに、買い物に付き合ってくれるというので、孫娘と千里まで車を走らせました。

 途中、きれいに刈り込まれた街路樹に赤い花が咲いていました。

 「あの花はな~んだ」と訊きましたら、「バラ!」って云うんです。

 「そんなあほな。こないだローズヒップの種取ってくれたやん」

 「忘れた!」

 どこまでも、愛想のないことです。

 「じゃあ、この歌知ってる?」と、「たきび」のメロディーを歌ってやりましたら、「知ってる!」と歌詞をつけて歌ってくれたのですが・・

 「さとふる、さとふる、ふるさとのーぜー♪」

 山茶花の花は結局、教えないうちに目的地に着いてしまったという落ちでした。

 年寄りと今どきの小学生では、会話が成り立たないことを、喜ぶべきか嘆くべきか。

 婆さんに付いてきてくれたことに、ありがとうの気持ちを込めて、プリンと本を一冊買ってやりました。何やってるんでしょう(笑)

 

 

 さて、昨日に続いて暦の話です。

 今日は今年最後の庚申の日です。

 十干十二支で、同じ干支が巡ってくるのは、六十日に一度です。

 体の中に居る三尸(さんし)という三匹の虫が庚申の日に体から這い出て、天の神様に罪状報告に行くと信じられていました。

 もともと人間は120歳という寿命を持って生まれているのに、この報告で、寿命を削られていくそうで、それを許すまじと人々が集まって眠らずに過ごしたというのです。

 眠ってしまったら三尸が這い出すので、それを阻止するために、長命、家内安全、五穀豊穣を祈る体で、お酒やご馳走を持ち寄って楽しんだようです。

 今も、若い人は集まるのが好きですから、同じです。その理由づけが庚申だったのでしょう。

 

 

 ちなみに、青面金剛は伝染病から守ってくれる仏様です。

 こんなことを知る前は気にかけずに通り過ごしていましたが、探してみると意外にあちこちにあって、青色というだけで、好ましい仏に思えます。

 水月公園、新稲、旧西国街道沿いなど、今のところ三カ所、見つけています。

 石に彫られた青面金剛の読みづらくなった字体は、このあたりでも古くから庶民信仰があったことを物語っています。

 また、石碑ではなく江戸時代に盛んに描がかれた大津絵の中では、青面金剛像が最も多いそうです。

 その絵の足下に三匹の猿が描かれているのが見えます。

 庚申の申(さる)にひっかけて「見ざる聞かざる言わざる」で、天帝への告げ口を封じ込めようという魂胆とか。

 

 

 そんなことを思うのはバチが当たるかもしれませんが、庚申の日はパーティー開催日だったのではないでしょうか。

 2ヶ月に一度、夜通し大騒ぎをするのが庶民の楽しみだったとすると、それは、今の若い人たちがやってることと変わりません。

 遊び心が脈々と受け継がれていることに、ちょっと安心したりして。