こころあそびの記

日常に小さな感動を

ほころんできました

 

 発見!

 庭の梅がほころび始めていました。 

 梅は夏につけた花芽を一旦、休眠させるそうです。その芽を目覚めさせるのは低温だとか。先日からの寒さが目覚まし時計になったのでしょうか。

 寒さの底の時期に咲き始める梅は、確実に春が近づいているという希望を感じさせてくれる花です。

 日に日に光が満ちてくる季節です。

 

 

 今日は気温15度のわりに、風が強く吹いて、学校でも保育園でも凧揚げにもってこいだったようです。

 

 その風に乗って琵琶の花の匂いが漂っていました。琵琶の花は一斉に咲くのではなく、少しずつ咲いていくみたい。長い間、香りを嗅ぐことができていい気分です。

 

 

 この季節の王者の香りも負けていません。

 臘梅の林を見つけて、思いっきり香りに浸って楽しい散歩をしてきました。

 

 いち早い彼らのささやきが、人間を冬眠から覚ましてくれます。鼻を擽る匂いであったり、日脚の伸びだったり。

 明るい春がすぐそこに。

 

 

 

 年末に阪大図書館で借りてきた本の中に『甲骨文字に歴史を読む』(落合淳思著)があります。

 皇帝の占いから始まった甲骨文字。文字の発明があったから、文明は飛躍的に進化しました。

 文字を持たなかった日本の縄文時代の人たちは、意志を伝えるのに縄の結び目だけでは限界を感じていたかもしれません。

 そこへ、文字が入ってきて、元々の自分たちの話し言葉にうまく当てはめた。

 そこが、日本民族の特性です。

 今も生きる創意工夫力。

 これから先も、失ってほしくないわが国の強みです。

 

 

 さて、古代の中国の甲骨文字とは、骨占いの内容を記録したものです。

 使用した骨は羊や豚の肩甲骨だけでなく、殷代後期には、亀の甲羅や牛の肩甲骨が主流になりました。

 熱をくわえて割れたひびから占い、その結果を骨に書きこんだものが甲骨文字です。

 それから3000年以上が経過しているのに、漢文で書かれたその文章が解読できるってすごいことです。

 エジプトのヒエログラフや、メソポタミアの楔文字が現在は日常使いされていないのに対して、漢字は今も使い続けられていることは驚きです。

 

 

 その始まりは絵文字に近いから、ちょっとかじると楽しいです。

 たとえば「朝」という字。

 小学校で初めて習ったときには、「十月十日」と滅茶苦茶な覚え方が罷り通っていました。が、それは古代人に聞かれたら恥ずかしいことです。彼らの感覚は、常に自然に囲まれていたことから育まれたことが察せられます。

 

 「朝」という字は、「草の間から日が上り始め、空にはまだ月が残っている状態」だなんて、なんとロマンチックなことでしょう。

 同じように「暮」という字は、草の中に日が沈んでいくところです。

 

 地平線まで見える時代だったから当たり前なんて無粋です。

 羨ましいほど優しい自然観察眼を持っていた古代人を愛おしく思っています。