こころあそびの記

日常に小さな感動を

立夏

 

 今日は立夏

 「野山に新緑が目立ち、さわやかな初夏の気配を感じる季節」の到来です。

 コロナの制限がない連休を過ごす人々の思いっきりの笑顔を見るにつけ、安堵が胸に広がります。

 

 さて、朝、上る太陽に逆光で照らされてきらきら輝く青葉若葉には息を飲む美しさがあります。

 

 若葉風雨を払ひて光る朝 稲畑汀子

 

 この季節の色は、みどりいろです。

 鮮やかな抹茶色のつぎはぎが見える遠くの山。そこから吹いてくるさわやかな緑の風を感じながら座っていると、風が薫ると人々が言いならわした意味が実感できます。

 中国古代の帝王、舜が歌ったとされる「南風の歌」に、「南風の薫れる、以て我が民のいかりを解くべし」とあるそうです。

 遠い遠い昔の人も五月の風を心さわやかに感じていたのだ。そんな思いが時を越えた共感となって、私をワクワクさせます。

 

 

 ツバメが水を湛えた田んぼの上を飛び回りだしたら、田植えが始まります。

 我が家の家庭菜園も植え付けが終わったみたいです。近頃は娘夫婦にまかせきりです。成長する株に季節を感じられるのが何よりで、収穫はおまけみたいなものです。

 ついでに草刈りしてくれたはずなのにこの一群が残されていました。

 理由を訊ねたら、かわいいから、だって。庭石菖(ニワセキショウ)は、彼らのお気に入り登録されてるみたいです。

 

 

 今朝の産経抄で「雑草という草はない」とおっしゃったのが、昭和天皇だと知りました。

 植物に深い関心をお持ちだった昭和天皇が、牧野富太郎博士のご進講を受けておられたことも知りませんでした。

 昭和天皇の御代に育ったことをうれしく思うエピソードです。

 

 植物音痴の私も、『らんまん』を見始めてから、気づきもしなかった草や花に目を向ける習慣がつきました。

 

 

 これは、路傍に咲いていた小さな紫色の花。携帯カメラの拡大機能がなければ、こんなにきれいに撮れなかったことでしょう。

 ムラサキサギゴケという名前がありました。

 名前がなかった花に、名前を付けて下さった牧野富太郎博士に、草花になり代わってお礼申し上げます。