美しく明けた朝の空と薄い雲。
散歩の途中、畑の隅っこに咲いていたのは、コマツナギ(駒繋ぎ)。茎が丈夫で、馬を繋げるほどだとか。それにしてはちょっとか弱そう。馬が好んで食べる草、という説明の方がいいかな?
花を咲かせるということが、どれほど人目につきやすいかは、カメラを向けたことからもわかります。
植物が生き延びるために重ねた工夫を見た思いがしました。
昨日、大形先生が校長をつとめておられる日本語学校の焼き肉パーティーに参加してきました。
外国人の日本語習得の早さには頭が下がります。なんで?私なんか、耳が壊れているに違いないと思えるほど、なにも入ってきませんのに、留学生の皆さんは日本語がお上手で感心したり羨ましく思ったり。
そんな中のお一人、ネパールの方にお国の事情をお訊ねしました。
ネパールは周辺国である中国やインドから逃れてきた人々の国だそうです。だから、日本人に似た顔立ちの人から、インド人そっくりの人まで、いろんな人種が入り混じった国と教えてもらいました。
単一民族の日本がどうしてこんなに精神的に落ち着いた国柄となったかは、このことからも推察できそうです。
「サイはいますか?」
「いっぱいいますよ」
「ひぇー!」
中村元先生の訳されたブッダの言葉、“犀の角のようにただ独り歩め”は好きなフレーズです。
ブッダは犀の姿を日常的に目にしていたから、この言葉が生まれたはずだと、ずっと思ってきました。そのモヤモヤを昨日、晴らすことが出来たことは収穫でした。
やはり、あのあたりには犀がいるのです。さらに、犀だけではなくて、虎もいるそうです。
昨日会った人が今日は居ない、ということもあるほど、猛獣が普通に居るなんて。
日本人が行くネパール旅行はカトマンズ近郊だけですから、こんなことは信じられないと思います。
これほど通信網の発達した現代でも、知らないことが山ほどあるのが世界だと興味深く聞かせてもらったことです。
同席していた八十代の方が、検診に行ったら、血圧が高かった、と切り出されました。
少し前までは、年齢に90を足すくらいの血圧が許容されたのに、正常値はどんどん下げられています。
そのことで、得をする人は誰か。そんなことも頭の片隅に置きたくなります。
質問者は身長が高い人でしたから、それだけの高い血圧で、血液を頭まで押し上げる必要があるのかもしれません。
体は無言ではありません。そうなるのは、そうしたい理由があると考えるほうが、からだ思いというものです。
そんなことを話していたら、横に座っていた方が、
「そう聞いて、安心しました。服薬すべきかどうか迷っていたものですから」
と、話の輪に入ってこられました。
西洋医学の判断は数値を根拠とします。それに比して、東洋医学では、体全体から考えます。
二十世紀には、西洋医学が席巻した医学界ですが、いよいよ、そんなの古くさいと思われていた東洋医学が再評価される時代になりました。
パーツで診る時代から、ホールで感じる時代へ。
花だけがその植物のすべてを語るわけではなくて、全体の観察が大事だという当たり前。
昨日のブログで取り上げた福岡伸一さんと坂本龍一さん。お二人が行き着いたところは、「当たり前」でした。
それに気がつくために、人は年を経るのだとおっしゃっていました。