こころあそびの記

日常に小さな感動を

竜神様

 

 新年あけましておめでとうございます。

 間に合いそうだったので、とっておきの東に開ける高台に急ぎましたら、すでに、たくさんの方々が初日の出をお待ちでした。

 生駒の山に黒い雲が被さっていたために、7時3分の日の出時刻を過ぎても太陽は顔を見せません。

 それでも、誰一人諦めることなく待ち続けた初日の出でした。

 

 

 眩しい太陽が龍の背中に乗って現れたのは、スタンバイから30分以上過ぎてのことでした。

 周りの人たちとまぶしい金色を共有できたことで、待ってよかったという気持ちになりました。

 

 

 帰りに、氏神さまに初詣。わんこと一緒だったので、門前でお詣りさせていただきました。

 

 

 坂道を下っていたら、前から上って来られたご夫婦が、さかんに私のほうに携帯カメラを向けられます。

 そんなはずはないと、後ろを振り返ると、美しすぎる虹が出ていたのです。

 

 

 近くの小学校の門まで、急ぎましたら、こんな完全な虹を写真に収めることができました。

 そうはないことなので、何枚も何枚も撮ってるうちに、散歩中の男性が気づいて近づいてきて、こう訊ねられました。

 

 「素晴らしい虹ですね。あの虹の付け根のところはどうなっているのでしょう」

 

 こういうときは、科学的な説明は不粋というもの。

 「ほんとですね」と同意したら、 「どうなっているのか行ってみます」と、言い残して虹の方へ向かって出発されました。

 

 とっさに出てきた少年のようなメルヘン。それは、彼の心にいつもある世界にちがいありません。六十代とお見受けした男性が放たれた夢に驚いたり、感心したり。こんな生き方に憧れます。

 屁理屈よりも感性を大切にと教えてくれた彼でした。

 

 

 午後に、牧落神社にお札をもらいに行こうと家を出たら、なんと朝虹に続いて、再びの2時の虹が出てました。

 こんなことあるのかな?虹の大安売り?

 と思っていたら、夕方に大きな天災が勃発しました。

 虹はもともと、龍が天に現れた形を象ったところから出来た字です。

 日の出の際に見えた龍の形の雲、朝虹、夕虹、能登半島の形。

 どれもこれも、龍が大暴れしている様相を表しているように思われてなりません。

 どうか、竜神様お鎮まりください。祈るしかない年初めになりました。