みかんの王様といえば温州みかん。出回り始める秋には運動会のお供に、寒くなれば家族が集まる炬燵には必ずある果物でした。
染まるほど食べし若き日蜜柑むく
蜜柑を食べ始めたら止められないのは、物のなかった時を経験した年代の証でしょうか。今の若い人は、お行儀がよくて、ちょっとさびしい気もします。
さて、伊予柑が店頭に並び始めました。この柑橘が出回わると思い出すのは、子どもたちの小学校時代です。
PTAで役員を仰せつかったために、年度末に茶話会を準備することになりました。
何から何まで、前例に則ることが大原則でしたから、楽といえば楽ですが、細心の気を使うという点では、プレッシャーのかかる仕事でした。
その時、お弁当に添える果物が伊予柑だったのです。
色は?大きさは?味は?
私みたいに雑な人間には、最も苦手な仕事でした。今から思えば、周りの役員の方々が優秀でいらしたから、無事にやり過ごせたのでしょう。当時、ご一緒した皆さま、ほんとうにご厄介おかけしました。ありがとうございました。
という苦い思い出を未だに払拭できず、伊予柑よりも八朔を選んでしまう癖が抜けません。
みかんの橙色は、冬の間の太陽です。散歩していて、みかんがたわわになっているのを見ると、温かい気持ちになれます。
『四季の植物』(湯浅浩史著)で、興味深い話を仕入れました。
お正月飾りの真ん中につけるダイダイは、冬に色づき、その後、暖かくなると木に成ったまま、再び緑を帯びてきて、夏には青くなり、二、三年落ちないところから、「代々」縁起が良いと使われているとか。
知らなかった。
橙色が綺麗なものを選んでいたのは、物を知らないからだったと恥ずかしいことです。
来年からは、緑色の部分があってもよしにしようと思いました。
それから、橘(たちばな)は「右近の橘」として、雛祭りでも飾るように、古くは儀式や行事に用いられた木でした。
その昔、垂仁天皇に命じられた田道間守(たじまのもり)が、常世の国にあるいう伝説の実を持ち帰ったとされるのが、橘です。
この橘は「非時香菓(ときじくのかくのみ)」といい、常世の不老不死の仙果でありました。
確かに、冬の間も、青々とした葉っぱと橙色は目を楽しませてくれる貴重な木です。昔の人の素直な思いが伝わる気がします。
最後に家持の歌一首。
橘の成れるその実は
ひた照りに いや見が欲しく
み雪降る 冬に至れば
霜置けども その葉も枯れず
常磐なす いやさかばえに
しかれこそ 神の御代より
よろしなへ この橘を
ときじくの かくの木の実と
なづけけらしも
巻18-4111