きのうに引き続き好天です。
孫を散歩に連れ出そうと、逸翁美術館に行ってみないかと誘ったところ、どういう風の吹き回しか快諾してくれました。
ただし、歩きは嫌だというので車を出しましたが、これが大きな間違いでした。国道は大渋滞です。皆がどこかに出かけたい気持ちは理解できますので、我慢がまん。
そんなこんなで、当初の目的は何一つ叶わず帰宅したことでした。
さて、この間の出前講座でもお話ししましたように、漢方を学ぶように誘導してくれたのは長男の病気であり、その治療をしてくださった松本先生でした。しかし、本格的な指導は中医師の陸希先生から受けました。
勉強を始めるに当たって、陸先生とご縁があったから、そして「人間は自然の一員であって常にその影響を受け続けている」という言葉が腑に落ちたから、ここまで付いてくることができたと思っています。
そして、その教えは彼のお父様から受け継いでおられるところに信じるに足る根拠があります。
生活が便利になっている割に、人々の忙しさは酷くなるばかりです。どなたかが「忙しいという字は、心を無くしてる状態です」とおっしゃいました。
心が虚しくなれば、自然を見ることなど眼中にありません。
そんな生活を続けて、心の健康が保てるわけもなし。
再び陸先生ですが、「みなさんは何のリズムで生きていますか?」と尋ねられたことがありました。
答えは、“太陽のリズム”です。
朝、起きるのも、夜、眠くなるのも、太陽と連動しています。これを、当たり前と笑い飛ばす人もあるでしょう。
だって、勝手に目が覚めるんだし、寝たくなるんだもん。
それが、まさか、太陽のリズムだなんて考え出しこともないのは、幸せで健やかな証拠といえます。
今月号の『致知』に東井義雄さんの詩が載っていました。
「太陽は夜が明けるのを待って
昇るのではない
太陽が昇るから
夜が明けるのだ」
今一度、太陽をお天道様と崇めて合掌した先人の心を思い起こしたく思っています。