こころあそびの記

日常に小さな感動を

セルシー

 

 午後3時。こんな時間に光のカーテンが見られたのは珍しくてラッキーでした。

 薄い光でしたから、天使の梯子というより薄明光線という感じでしょうか。

 

 

 今日は仕事帰りに野暮用を済まそうとウロウロ。

 その間、『上沼恵美子のこころ晴天』がお伴でした。

 たまにしか聴けないけれど、うまく時間が合って聴けると、大阪のおばちゃんは元気百倍です。

 過日、うっ?大丈夫かな。上沼さんもやっぱりお年かなと訝ったのは、失礼千万なことでした。今日は冴えてました。いつもの上沼恵美子さんでした。

 なので、車の中で大声で笑わせてもらいました。。

 

 

 切れ切れにしか聴けませんでしたが、「千里セルシー」の話題は、年の近い私としては聴き耳を立ててしまいました。

 先日、千中(せんちゅう)に行ったとき、長い間、幽霊ビル状態だったセルシーの工事が始まっているのを見て、わくわくしたところだったのです。

 丁度、すれ違った若いお嬢さんたちが、「あれっ、工事始まってるやん」と話している声にさえ元気をもらえた気がしました。

 そう、”せんちゅう“は、当所で子育てした私にとっては懐かしくて思い出いっぱいの場所です。

 それだけに、セルシーの閉所は心の何処かに窒息状態の箇所を抱えた気持ちでいました。

 それが、やっと、動き出しました。うれしい。完成まで生きてられるかどうかはわかりませんが(笑)

 

 

 (このバッタくん。フロントガラスにくっついて、今日のドライブにお付き合いくれました)

 

 上沼恵美子さんには、思い出すたびに身を縮めたくなるような私のミーハー武勇伝がありまして、本当に申し訳なく思っています。

 というのは、何回か書いたかもしれませんが、もう何十年も前、朝日放送の隣のプラザホテルの中華料理店でお見かけしたのです。

 ミーハー全開で、お食事中の彼女にサインを求めてしまったことは、今でも思い出すたび顔を赤くしてしまいます。

 若くていらしたにも関わらず、嫌な顔をせず応じて下さった度量が、その後の発展ぶりの片鱗を示していました。

 なんと言っても、お互いもう七十代です。

 好、不調があって当たり前。どうぞ、ご無理なさらずご活躍を続けて、「セルシー」のリニューアル開場の折にも、「旧セルシーのときにもご挨拶した上沼恵美子です!」と登場していただけますよう、お達者でいてくださいませ。