
ピンチヒッターの仕事から帰ってきたら、娘がいちご大福を作っているところでした。
“おすそ分け”に、と一つくれたのを大事御存に自室に持って入って、やれやれと気が抜けたのか何も考えずに一口パクッ!と、やらかしてしまいました。
せっかくのお団子の写真を撮り忘れてしまったのです。ですから、写真に写らない裏側が欠けていることは内緒です。
「美味しかったよ」とメールして許してもらった節分の一コマでした。

話は変わります。だからどうだという話ではないのですが、高市総理の痛々しいテーピングをご覧になられましたでしょうか。
これを嘘だとか陰謀だとかサボりだとか、ネットでは大騒ぎです。
病はなってみないとわからないものですから、そんなふうに他人を言葉で傷めつけることができる人は、さぞかし大病を患われたことのない幸せな方々だと拝察いたします。
高市さんは今、痛みを忘れるほど交感神経を興奮させておられるはずです。その裏で、抑え込まれた痛みが反動に転じようと手ぐすね引いているかもしれないことが心配です。
そんなことは覚悟の上の挑戦でありましょう。
彼女の目指すところが達成できますように。
そして、どうしてもしなければならないことがあれば、人はここまで強くなれることを証明して全国の病人の励ましになればと念じています。

今朝のニュースで袴田巌さんなお姉さん(92歳)を拝見しました。
かねてから思っていたのです。なんで、このお年でこんなにクリアなの?
どうしても弟を救いたい。私の弟はそんなことができる人間ではないという信念が、彼女の使命感を突き動かして止まないのだと思います。
同列では語れませんが、横田めぐみさんのお母様も、90歳を超えられました。
我が子の帰国を待ち続けて半世紀が虚しく過ぎようとしています。
めぐみさんの帰国が叶った折には泣いてしまう日本人がどれほど多くいることかと想像しながら、お母様の気丈さに打たれています。

起きてきた娘婿に、「あのお二人がしっかりされてるのは、やらねばならないことがあるからかな。だとしたら、〜ちゃんの受験が終わったら、私呆けるかもね」と話しかけましたら、
「おかあさん、大丈夫ですよ。直ぐに次が始まりますから。なんならもう始まってますよ」だって。
そうでした。今年も高3になる孫がいるのです。
「なせばなる
なさねばならぬ何ごとも
ならぬは人のなさぬなりけり」
上杉鷹山の人育ての言葉は、強い意思を育て、その延長線上には病からの救われさえ見えるように、ふと、思ったことです。