
明後日の夏至を前に、今日は陰遁始めです。
九星では、この日から9.8.7.··と逆回りが始まりまります。それは、陽が極まって少しずつ陰に向かうということ。
地上では今から本格的な夏が始まるというのに、この設定を考えた古人の鋭さに恐れ入ります。
新しいことに挑戦したりバタバタ動き回るのは勢いのある陽の盛りにすべきことで、今からは陰に向かうのですから、落ち着いた生活態度を心得て静かに暮らす時期とされます。

もう一つ。今日の暦の記載で気になることは、干支が「甲子(きのえね)」なんです。
十干十二支の始まりの日として、神社にお詣りすると決めておられる方もあると聞いてしまうと、陰遁始めはどこへやら。
静かに過ごさねばならないことも吹っ飛んで、朝からどこへ行こうかと思案。
まず心にかかったのは「元伊勢」です。我ながら、出発の日にふさわしいよい思いつきと満悦したのも束の間、次の瞬間、頭をかすめたのは熊でした。行って見たいのはやまやまながら、諦めるしかありませんでした。

神社、神社と考えて思い浮かんだのは、「太平記」の中の楠木正成でした。

湊川神社の正門を潜るまでに、まず、大楠公墓所にお参りをいたしました。
丁度、お線香立のお掃除をされていたのはお若くて神主さんの卵のような方でした。
「あの〜、碑石を載せているのは亀ですか?」と尋ねると、「いいえ、神獣、贔屓(ひいき)です。龍になる前の形と言われています」と、今年、この神社に奉職されたばかりとは思えない受け答えでした。
感心したのは、贔屓の話だけでなく、「楠木正成みたいな人が、今こそ出てきてほしいですね」と、年甲斐もなくうかっと軽い言葉を吐いたら、「いや、どなたもそれぞれの道で世の中を良くしようと働いておられるのですから一緒です」と応じられたことです。
この神社の教えが、こんなお若い方にまで浸透していることを知って、今日、この神社に来させてもらった意味が分かりました。
この楠木正成公のお墓は、徳川時代になって水戸光圀公が建てられたそうです。
「嗚呼忠臣楠子之墓」という碑石に彫られている字は光圀公のもので、それほどまでに楠木正成の忠臣ぶりに感動されたものと察せられます。

正門には、このような祭礼札が掛けられていました。
折しも、天皇皇后両陛下が渡欧中であります。
祭礼の行われる26日はご帰国予定の日。その日に、このような神事を行われることが、この神社の真骨頂でありましょう。

幕末の勤王の志士も多々、お参りされて、正成の遺志に接しておられます。
吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛、伊藤博文などなど。
令和の時代にも、忠臣という足跡を残す人物が望まれるところです。とは老婆心。
若い人たちは頑張っています。正成の心を持って生まれてきた人たちです。