こころあそびの記

日常に小さな感動を

生きざま

 

 桜の木が冬眠に入ろうとしています。静かになった庭で飛び回って、心和ませてくれるのが雀さんです。人に気配に驚いて一斉に飛び上がった先は桜の梢です。何羽写っているかな?

 

 

 今夜から大雪注意報が出る地方もあると報じられている中、今年最後の『花梨の会』にお集まりくださいましてありがとうございました。

 今日は冬至です。が、そのお話は何度もしてきたし・・と、思いついたのが、「お正月」です。

 もういくつ寝るとお正月~♪年が明けると一つ年をとるよといわれても、やっぱり、年が改まることは希望を抱かせます。

 

 「正月一日はまいて空のけしきうらうらとめづらしう かすみこめたるに 世にありとあらゆる人はみなすがたかたち心につくろひ君をも我をもいはひなどしたるさまことにおかし」枕草子

 

 大晦日とお正月に線を引けるのは人間だけでしょう。

 きのうと同じように太陽が上るのに、これを初日の出とありがたく思って手を合わしたり、氏神さんにお詣りしたりと特別な朝を迎えるのがお正月の習わしです。

 

 

 そこで、うちの会の長老が子どもだった頃のお正月の様子を伺ってみました。

 私としては、昔のお正月風景などを期待していましたが、彼の答えは「何も覚えていない」でした。

 80年前のことだから覚えていないのではありません。つらい話しを思い出したくないというのとも違います。

 お父様が南方に行かれて生死もわからない中、留守宅をお母様と彼と弟妹だけで守らざるを得なかったさびしいお正月をどう過ごしたかなど子どもが覚えているはずもありません。

 お聞きするんじゃなかったと悔いていた私に、次に聞こえてきたのは「おやじの居る家庭が羨ましくてならなかった」という一言でした。

 終戦になり、帰還されたお父様を豊中駅に出迎えて再会を果たした話は彼の自慢です。そして、次の日、学校で、みんなに吹聴したそうです。

 「聞いてくれ、僕にもお父さんがいたんや!」と。

 世間知らずの自分の体験から、どんな家族もお正月は穏やかに迎えるものと思いこんでいたことを恥ずかしく思いました。

 小西さんの場合は時代に翻弄されたわけですが、家族には様々な理由があって、新年の迎え方が違うことを思い知ったことです。

 

 

 最後に、クリスマスプレゼントとして紙芝居を読ませていただきました。

 『杜子春』(芥川龍之介作)。

 なんと深みのある話なのでしょう。

 人間の我欲の醜さを思い知り、人間らしい生きざまを選ぶという作品です。

 この『花梨の会』の在り方も、この紙芝居のテーマに添うものとなるように来年も精進しなくてはと思ったことです。

 目まぐるしい変化を感じる社会の中で、なにが幸せなのか。それを探すために、また来年もよろしくお願いします。では、皆様よいお年をお迎え下さいませ。