
芦原池を一周してきました。キンクロハジロとホシハジロが毛繕い中。人間と同じように、顔を洗ったり、羽ばたいてみたり。観察していると、寒さも忘れてほっこりしてきます。
向こうの方から一羽だけ高く持ち上げた首を膨らませて、もがきながらやってくるのはカワウでした。依怙贔屓はいけないとわかっていても、飲み込めない量の獲物を手当たり次第に漁った醜い姿はいただけないものでした。

今年も残りは数えるばかりとなりました。
できることは今年のうちにと、来年の豊中自治会館のお部屋の予約に行ってきました。
予約担当者はいつも終始無言です。なのに、今日、彼女の声を初めて聞いたんです。それも、とびっきりかわいらしいお声。
実は、初め事務所を覗いたときは、不在でした。そこで、在室されていた男性に、外で待つと告げて外で待つことにしました。焦って顔を出すのは控えて待っていましたら、「お待たせしました」と、声がしたのです。
彼女の風貌からは想像できないほどかわいらしいお声でした。
どうして、この声を出し惜しみするの?
申し込みが完了した後、勇気を出して来年もよろしくと言った私の言葉に応えて、デスクに手をついて「よろしくお願いします」と返ってきたのには、ほんとうに驚きました。
人はみんなその人だけの特殊事情があるものであることは、かつてはそうだった私にはよくわかります。
それでも、老婆心ながら、あのお声を生かしてほしいと願わずにいられませんでした。

容姿を越えるものが、「声」だと考える人は多いはずです。
男優さんは今すぐ思い出せないのですが、女優さんなら、近頃見た竹下景子さんです。
天皇皇后両陛下の岐阜訪問の際に、「木遊館」の説明に同行された様子をテレビで拝見しました。
本当のところ、今まであまり興味のない女優さんでした。しかし、落ち着いた物腰で、出しゃばらず、一歩下がって付いて歩かれる姿は好感が持てるものでした。
この好感度は、半藤末利子さんのエッセイに登場するので知ってはいましたが、本当なのだと感心したことです。ご自分のご家族だけでなく、ご近所のお世話もなさると書かれてあったのです。

そうそう、「声」。
大げさではなく、声の色は人格を表すものといえるくらい、大きなウェートを持ちます。
私なんか、毎朝、門のところで孫たちに、「行ってらっしゃい!」と声がけして、娘に迷惑がられているのは悪声だからでしょう。
これが、玉を転がすような美声なら近所迷惑にならないのに・・
だから、ないものねだりではありませんが、美声に憧れます。
特に年齢を感じさせない艶のあるお声は、耳の奥に残るほど羨ましく思います。
また聞きたいなぁ、あなたのお声。だなんて、失礼しました。