こころあそびの記

日常に小さな感動を

父の日

 

 どんなに天候不順と言われようと、毎年、ゴールデンウィークになったら必ず咲く五月の薔薇です。

 なんのために咲くのと尋ねたら、「1」に自分のため、「2」にあなたのためにと律儀に応えるのかな。短いいのちを見守る一週間です。

 

 

 さて、今日は、「昭和の日」と命名されているそうですが、私には「昭和天皇のお誕生日」のほうがしっくりきます。

 さっきラジオで知ったのですが、今日は昭和元年から100年目なんだとか。確かめるために、足し算してみました。昭和63年+平成30年+令和7年=100年。

 ほんとだ!父は大正14年生まれですから、もし生きていたら100歳だったことに気づきました。

 

 

 以前、良寛さんの本を漁っていた頃に出会ったのが『風の良寛』で、著者は中野孝次さんでした。

 ドイツ文学者というのに、次第に中国文学、そして、良寛さんへと気持ちを深められたことに興味を持ったので、お名前を記憶するようになりまして、先日、図書館で二冊借りてきました。書名は『老いのこみち』と『生きて今あるということ』です。

 今朝、開いたページに「囲碁」の話が出てきましたので、久しぶりに碁を打つ父を思い出してしまいました。

 

 

 不器用な生き方しかできない父でしたが、たった一つ真似のできない特技は遊びの名人だったということです。

 囲碁、マージャン、ゴルフなどなど遊ぶことに時間もお金も費やして、家庭人としては褒められたものではなく、周りを困らせた人でした。

 なのに、晩年、孫たちには大人気で、旅行先ではじっちゃんの横のベッドの取り合いが恒例でした。

 

 

 今、囲碁で思い出すのは、隣家の母の伯父と縁側で碁を打つ姿です。落ち着きのない子どもみたいな人でしたのに、矍鑠とした着物姿の伯父と真剣勝負する姿は、誇らしいようにも見えました。ほんとうは考えることが好きなのに、社会生活で活かすことができない人生でした。

 七十代のころは、「なにも変わらん。このままいくと九十は行けそうや」と豪語していたのに、九十歳まであと僅かというところでいのち尽きた父。もしあと十年生きることができていたら、今日、百歳のお祝いができたんだよね。

 そんなことを思う「昭和の日」です。